野糞

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梨『かわいそ笑』考察

  • 洋子さんは不特定多数の人々に自身が編み出した独自の方法で横次鈴を呪わせようとしている
  • 横次鈴は実在せず、洋子さんが呪いの対象を設定するにあたって作り上げた架空の人物(タルパ)で、「りん」や「すず」など横次鈴を連想させる人物の動向は横次鈴の実在性を高めるために洋子さんが自作自演で行っていたものである
  • 筆者に接触してきた「洋子さん」と、怪談雑誌に欠けた心霊写真に関する話題を提供した「洋子さん」はそれぞれ別人物である。また、洋子さん(怪談雑誌)が語る音信不通になった友人と、洋子さん(筆者と接触)は同一人物である
  • 洋子さんが考案した呪いはいくつかあるが、その全てが「これはある人物に対する呪いである」と受け手に自覚させることで初めて呪いとしての効力をもつものである
  • 洋子さんの試みは他者の力を借りて横次鈴なる存在を不幸にすることよりも、意図せず彼女を呪ってしまった人々に呪詛返しの障りがもたらされることに主眼を置いており、「横次鈴を呪ったあなたも呪われる」という呪いを世間に拡散することが彼女の目的である

 

上記はかなり無理筋な解釈というか妄言に近いのだが、「怪談雑誌に投稿された話との関連性」「洋子さんが横次鈴を呪うに至った動機の弱さ」「横次鈴なる存在の曖昧さ」「洋子さんのヤバさ」にあえて理由づけをして説明するならこうなんじゃないかな?のお気持ちでひりだした。

以下、冒頭の5点がすべて真であると仮定した場合のあらすじを時系列順に記す。

オカルトに強い興味を持っていた洋子さんは不特定多数の人々に存在しない人物を呪わせ、彼らに呪詛返しの障りが起こる呪いのミームを作りあげようと画策。

手始めに、洋子さんは「怖い話のなかで怖い目に遭っている登場人物を別人の名に置き換える」オリジナルの呪いを考案し、オカ板に書き込む。

そして、以前より“りん”の名前で横次鈴になりきって運営していた二次創作夢中心のホームページ『文芸館 臥待月の翡翠』で、一次創作の小説「わたしのおもい、わたしはおもい。」を執筆、公開する。

その後、公開していた作品をすべて削除し、デフォルト名を「横次鈴」に設定した名前変換可能な小説ページのみを設置。

作中で痛めつけられる主人公の名前を横次鈴に設定させることで小説を読んだ者に彼女を呪わせようと考える。

また、ツイッターの内容から「これは横次鈴という人が体験した怪談です.docx」はもともと名前変換機能を使って書かれた怪談小説で、横次鈴の名前を入力した際の文面をwordにコピペしたものであることが伺える。

ツイッターに掲載されたページでは##name2##と記述すべき名前変換タグを打ち間違えているため、タグが正しく機能しなかったようだ。

また、##name2##があるならば##name1##のタグも設定されていたはずで、「これは横次鈴という人が体験した怪談です.docx」では##name1##で記述された箇所が“りん”に変換されていたのではないかとも推測できる。

一方で、mixiの投稿者が「怪談小説も文体や口調は普段のものと変わりなかった」と述べている点や、「これは〜.docx」が近年書かれた文章とされる点から、“りん”のホームページに「これは〜.docx」が掲載されていたとは考えにくいため矛盾も残る。

 

【最初から横次鈴を主人公にした小説ではなく、夢小説等で用いられる名前変換機能を使ったのはなぜか】
・読者自身に横次鈴の名前を入力させることで、洋子さんが編み出した「名前を置き換える呪い」を実践させたかったため
・当初は二次創作夢中心のホームページであったため、一次創作小説よりも夢小説の体をとった作品の方が読まれやすいと考えたため

・横次鈴を主人公にした物語を執筆した場合、筆者の洋子さんも横次鈴を呪ったことになってしまうと考えたため

 

次に、洋子さんはオカ板等で話題となっていた「タルパ」の生成を試みる。

タルパとはイマジナリーフレンドにも似ているが、作り出した架空の人格に意志を持たせ自律的な思考・会話をさせたり(オート化)、現実世界に実体を伴って存在できるようにする(視覚化)ことを目指す点が異なる。

「横次鈴」という霊感持ち女性のタルパを生み出すことに成功した洋子さんは、明晰夢幽体離脱の一種とされ夢の中で思い通りの行動がとれる「リダンツ」を行い、横次鈴をリダンツ時の夢世界(名倉)で実体化させる。

後述する横次鈴への加害や撮影、所持品の取得といった視覚化だけでは実現不可能なタルパへの干渉を行うことが目的とみられる。

夢の中において公衆トイレの個室で首を吊った横次鈴に相対した洋子さんは「全体的にあまりにも中途半端」だとして、“ゆうれい”の身勝手さや夢世界のチープな造形に憤るも、横次鈴の遺体を携帯で撮影し、彼女の服を切り取り“あらいさらし”の材料とする。

また、夢の中でのみ身体性を有する横次鈴を「ちゃんと体があるうちに再度死なせておこう」と思い立ち横次鈴の喉元に鋏を押し当て、その際の音声を録音したとみられる。

 

【洋子さんが“ゆうれい”にキレているのはなぜか】

“ゆうれい”は霊感女の設定が付与された横次鈴に見えているお化けであると同時に、リダンツした洋子さんが好き勝手に操作できるはずの夢世界において、彼女の意にそぐわない行動をとる存在でもある。

洋子さんは「“ゆうれい”に怯える横次鈴」というキャラクターを作り出したものの、リダンツの実力不足(あるいはタルパの暴走)によって“ゆうれい”の行動までは制御できなかったため、タルパである横次鈴が死に追い込まれたことに不満を抱いているのではないか

 

洋子さんはリダンツ中に手に入れた「横次鈴の遺体写真」「横次鈴が着用していた服の布切れ」「横次鈴の断末魔音声」という呪物を用いて、3つの呪いを生成する。

 

【夢の世界で入手したアイテムなのに現実世界(渡辺)に影響を及ぼせるのはなぜか】

この辺は本当によくわからないので完全な憶測

説1:夢の世界で手に入れたものを現実世界に持ち込むことはできないが、リダンツ中にネットへ接続しアップロードしたデータに関しては現実世界にも影響を及ぼすことができるから

説2:洋子さんがタルパを生み出す要領でがんばって実体化させたから

 

呪物①「横次鈴の音声ファイル」
洋子さんは「幽霊に合う方法」というホームページを開設し、リダンツのノウハウを流用した手順を幽霊と接触する方法として紹介。

さらに、横次鈴の喉を切りつけた際に録音した音声を加工し、睡眠時に流す音声ファイルとしてサイト訪問者にダウンロードさせるよう仕向け、横次鈴が苦しむ音声を繰り返し再生させることで横次鈴の成仏を防ぎ、呪詛返しの障りがもたらされることを期待する。

このホームページを紹介したオカルト系サイトの管理人が行方不明になったことから、「幽霊に合う方法」は検索してはいけないサイトとして界隈で語り継がれるようになる。
ある日、URL鑑定スレに「幽霊に合う方法」の鑑定依頼が持ち込まれ(アクセス数の少なさに不満を抱いた洋子さんが自ら書き込んだ可能性もある)、洋子さんはホームページが無害である旨を繰り返し書き込みサイトへの誘導を行った。

 

【なぜ「幽霊に“会う”方法」ではなく“合う”なのか】

引用以外の地の文でも何度か“合う”の字を使っていることから、単なる誤字の原文ママ表記以外にも意図があるとみられる。

人ならざるものと符合し一つになる(=「嵌められて、脱落しちゃった」者のように異形と化す)という意味を込めて“合う”の字を選んだのかもしれない

 

呪物②「横次鈴の写真」
洋子さんは以前より“すず”の名で常駐していたアングラ系掲示板で、OD中のスレ誤爆を装い「横次鈴の写真」をアップロードする。
その画像は即座に削除されたものの、画像を目にした掲示板住民による体調不良を訴える書き込みが相次ぎ、長期間にわたって不快な幻覚に悩まされ続ける重症者も表れる。

その後、洋子さんは画像の首から上部分をトリミングし、当時の電波じみた書き込み内容のコピペと併せてネット上に拡散。

知る人ぞ知る意味怖画像として掲示板やブログで語り継がれるようになる。

 

【洋子さんが写真をトリミングしたのはなぜか】
・写真を拡散されやすいものにするため。無加工の写真だと呪いが強すぎて画像を目にした人が拡散する間も無く怪異に襲われてしまう、あるいは一見何も怖くない写真のほうが様々な噂や憶測を呼びネット上で広まりやすいと考えた
・いわくつき写真の“いわく”の部分を極限まで切り取った画像でも呪物として機能するかどうか確かめたかったため

 

また、洋子さんは大学で知り合った洋子さん(実話怪談)に横次鈴の写真を写した携帯の画面を撮影させる。


【呪いの写真のデータを直接送らなかったのはなぜか】
・写真データではない「呪いの写真を写した写真」でも呪物として効果があるかどうかを確かめたかったため。本書のように呪いの写真を紙媒体の書籍に掲載した際、読者が画像を撮影したくなる状況(画像と同じページにQRコードを配置する)を作り出せばさらに呪いが拡散されやすくなると考えた
・データを直接自らの手で送信してしまうと、呪いを積極的に拡散したとして呪詛返しの対象になるのではないかと考えたため

 

呪物③:「横次鈴の服の布切れ」
洋子さんは「2010年より少し前に出回っていた“あらいさらし”なる迷惑メールに関する情報を募集している」旨のメールを匿名で著者に提供する。

本来の“あらいさらし”は「流れ灌頂」とも呼ばれ、主に水死者や出産時に死亡した女性の霊を供養するため、死者の名前を書いた布に通行人から水をかけてもらい、布に書かれた名前が褪せれば成仏させることができるとされる儀式。

洋子さんはこれを逆手に取り、横次鈴が着ていた服の切れ端に水をかけても消えない方法(編集ソフトによる文字入れ)で右上から左下の方向に横次鈴の名を刻むことで彼女の成仏を妨げ、呪いの媒体として半永久的に機能させることを試みる。

かつて出回っていた“あらいさらし”のメールには男性の名前が書かれた布の画像が添付されていたと述べられているが、横次鈴の遺体やリダンツ時の公衆トイレを思わせる描写が見られ、既に削除したはずのメールの文面や言い回しを事細かに記載しているという点からも、「かつてそのような迷惑メールが流布されていた」「元のメールでは男性の名前が書かれていた」という設定自体が洋子さんによる創作だと思われる。

 

その後、大学を卒業した洋子さん(怪談雑誌)は、長らく音信不通となっていた洋子さんが横次鈴の写真を想起させるセーラー服のコスプレ姿で街を歩いている姿を目撃する。

洋子さんは横次鈴と似た格好をすることで、身に降りかかる怪異を横次鈴へなすりつけようと考えたようだったが、洋子さんの傍に同じ服を着た異形(おそらく横次鈴)が立ち、何かを囁いている時点ですでに手遅れとみられる。

また、雑誌ライターの電話取材を受けている洋子さん(怪談雑誌)の様子も尋常ならざるもので、横次鈴の写真を撮影し、異形と化した横次鈴と相対してしまった彼女も無事ではすまなかったのだろう。

 

洋子さんが怪異に目をつけられたのはなぜか】
説1:他人に横次鈴を呪わせるよう仕向け、現実世界ではない場所といえど彼女を傷つけた洋子さんも呪詛返しの対象とみなされたため
説2:横次鈴の遺体写真(首ありver.)や音声ファイル(無加工ver.)などの呪物を所持していたため

説3:洋子さんが横次鈴になりすましてネットで活動を続けた結果「洋子さん=横次鈴」の構図が確立してしまい、横次鈴に向けられた呪いも洋子さんが引き受けてしまったため
説4:説1〜3のよくばりセット全部盛り

 

人ならざる者へ成り果てた洋子さんは一連の体験談を梨氏に語り、これまでの話にすべて横次鈴への呪いが仕組まれていること、呪ってしまったことを自覚させ罪悪感を植え付けさせる狙いがあったと暴露する。

 

 

ここまで時系列順に記してきたものの、第五話冒頭にも書かれている通り「そもそもの始まり」自体が不明だとすれば、事の起こりやその後の展開に関してはさして重要ではないのかもしれない。


上記以外のストーリーとしては、
「興味本位で『幽霊に合う方法』を実践してしまい、怪異に見舞われることとなった洋子さんは身代わりの横次鈴なるタルパを生成し、自身に対する呪いを彼女になすりつけようと試みるが失敗してしまう」

「横次鈴は洋子さんが創作したタルパではなく、例の電波コピペが発端となった、不利益を肩代わりしてもらうことができるとされるネットミーム的な存在。何らかの理由で怪異に見舞われてしまった洋子さんは横次鈴に呪いを転嫁させるという呪いの回避方法を試したが、呪詛返しにより怪異に取り込まれてしまう」
といった可能性もあるだろうなあとか色々考えたし、「『幽霊に合う方法』でダウンロードできる音声ファイルは同作者が公開している『瘤報』に添付されていた音声ファイルを加工したもので、洋子さんの台詞『この話が、もっとずっと前から仕込まれていたことでしょうか』は『瘤報』との関連を匂わせている一文なのでは」みたいな妄想もした。

Twitterやnote等で述べられている考察も千差万別で、読者の数だけ筋書きが存在し、今この瞬間にも横次鈴はかわいそ笑な目に遭い続けているのだろう。


「洋子さんと横次鈴に何があったのか」「この2人は何者なのか」の問いに対する明確な答えはおそらく今後も出ることはないだろうが、読者がかわいそうな目に遭う横次鈴を想像しながら何度も読み返し、考察し続けることで呪いに加担させることができる構造さえあれば、それ以外の要素は「もうどうでもいい」のかもしれない。

何なら第一話タイトルおよび第五話末尾で「横次鈴の体験談」であることが強調され、書籍そのものが読者に横次鈴を呪わせる装置と化している時点で、本書を読み終えた瞬間から我々は横次鈴を呪い終えてしまっていることになる。

横次鈴のものと思われるTwitter(@RingRingChan_)のbioが何度か変化している(もっかい→なんで→もうやめて)ことからも、彼女が読者から呪われ続けており、呪ってしまった読者への呪詛返しが今後起こるであろうことが匂わされている。

 

さらに、本書冒頭で地の文に関しては筆者の視点で書かれたものであるとの断り書きがあるが、前述した「これは横次鈴という人が体験した怪談です.docx」における人物名を横次鈴に置き換えた点や呪いのギミックが仕込まれた図版が掲載されている点、第五話で読者に語りかけるような口調へと文体が変化する点から、地の文の客観性も疑わしい。

洋子さんから一連の話を聞かされた事が原因で意図せず横次鈴を呪ってしまった筆者は、「名前を置き換える呪い」を文中に仕込み、大勢の読者にも呪いを肩代わりさせることで自身に返ってくる呪詛を薄めようと試みたが失敗に終わったのかもしれない。

 

そもそも、本書の最後で「横次鈴の体験談である」旨と同様に「梨が執筆した」旨が強調されており、著者名の英語表記が「何も〜ない」や「無」を意味する“Nothing”であることから、本書の執筆が梨氏によるものなのかどうかすら疑問が残る。

  • 横次鈴がかわいそうな目に遭う内容の文章を縦書き(右上から左下)の媒体に掲載する
  • 呪いの写真と同じページにQRコードを配置し、呪いの写真をスマホカメラで撮影してもらいやすくする
  • 「これは⬛︎⬛︎という人です」の画像や、“あらいさらし”のメールに添付されていた(という設定の)画像を掲載し、画像を目にした読者に横次鈴を呪わせる
  • 横次鈴のものとされるツイッターアカウントへリプライを飛ばせるQRコード(転載OK)を記載し、より多くの人に横次鈴を哀れんでもらう
  • 「幽霊に合う方法」に関する記述において、地の文でも“合う”の字をわざわざ選んで使用している
  • 一見しただけでは呪いだと分からない内容の呪いを仕込み、のちにそれが呪いであることを説明する

本書に上記のようなギミックを仕掛けたうえで出版することで一番ウッキウキになる人物は洋子さんしかいないのだが、その洋子さんが怪異を生み出した元凶なのか、呪いを押し付けられてしまった被害者の1人なのかすらも判然としない。分かっているのは呪詛が詰まった悪意だけが独り歩きして、大勢の読者がそれの巻き添えを食らってしまったことだけ。

本書を最後まで読み終えて「協力」してしまった我々読者も「もうそろそろ」なのかもしれない。

120分という制限の中で、俺たちは呪われ続ける。助かることは許されない・・・まるで横次鈴のようだ。
120分後、俺達の姿ははちきれんばかりに変形し、若干の後悔と呪詛返しに襲われるだろう。
でも俺たちは食べる!それが、俺達に出来る唯一の反政府運動だから・・・!

 

 

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